鬼丸凜太の随想&創作&詩&日記

サウダーデを心に沈めた漫ろ筆。日曜詩人としての余生。

2024-07-01から1ヶ月間の記事一覧

「かなし」いうこと(随想)

「かなし」いう言葉を考えてみる。漢字でかけば「悲、哀、愛」等々と記されるのであろう。これら漢字に対する殆どの外国語は、例えば英語など異なる単語で対応するに違いない。 私の幼き日の記憶である。明治四五年生まれの母は地方都市の町場の人。その母と…

おじさんの馬(随想)

落語の、本題に入る前の小噺を枕と称しますが、一日こんな枕を聴きました。ある牧場主が死に臨んで、三人の息子の相続について次のように遺言する。長男には所有する馬の二分の一、二男には四分の一、三男には六分の一を与えると。彼はいよいよ亡くなったの…

サンジュウトマトの詩

サンジュウトマトとおまえが何度も言うのを聞き流していたのだが 何気なくそちらへ目をやると そこには 「三重トマト」と書かれていた 三重県のトマトのことだった 頓馬な妻よ そのとき俺に湧いた思いをこそ サウダーデと名付けようか 聞きかじったこの言葉 …

毒見薬について考える(随想)

かつて毒味役という職制があった。殿様の食膳に上る物を事前に食べ、その料理に毒が無いことをあるいは有ることを調べる、試薬のような役割をもった人である。 時代小説などによると、こういう役目は百石程度の側役がやることになるらしい。百石の侍が如何ほ…

滝の記憶(創作)

私に友人は少ない。湯瀬涼助はその一人だ。湯瀬が突然連絡をくれて我が家を訪うたのはクリスマスの一週間前のこと。新しく生まれた孫とその姉や兄のやんちゃ盛りの世話のため妻が東京に行っていて、私は俄か独身の気儘さを謳歌していた。湯瀬は旅行から帰っ…

青いハットで口笛吹いて(創作)

〔一〕 立原志郎が遊びに来ないかと便りを寄越したのは、私の住む地方都市にその年初めての霙が降った日のことである。最後に顔を合わせてから既に二十数年が経っていた。音信は絶やさずあったが、訪ねてこいという文言が通り一遍の挨拶と違っていて、私はや…