鬼丸凜太の随想&創作&詩&日記

サウダーデを心に沈めた漫ろ筆。日曜詩人としての余生。

「孚雨(ふう)」〔Ⅰ〕(五行歌)

・思い出の

 ほら この辺に

 水やろう

 夏の尻尾が

 かわかぬうちに

 

・思いきり

 俯くことが できるから

 読書が好きになったんだって

 そう言ってあの人は

 笑っていた

 

月下美人が咲いたよと

 妻が叫んだ

 わかっているんだ

 そろそろ仲直りしたいんだろ

 今日はカレーライスに違いない

 

・向日葵が

 いつも向こうを

 向いているのは

 この俺が

 拗ねているだけなのか

 

・新しい魑魅(すだま)は

 野良風に乗り

 かなかなになった

 幸せはこの辺でいいやと

 鳩笛を吹く

 

・ねえほらほら見て

 水芭蕉がね

 今そこにあったのよ

 妻よ いま俺は

 運転中だ

 

・割箸を

 いつも割りそこなう

 霙が降ってきた

 今日もまた割箸を

 割りそこなった

 

・口笛を吹けば風が吹く

 鼻歌をうたえば雨が降る

 唇すぼめ息を吹けば

 背に負われた 遠い国の

 赤んぼの風車が回る

 

・西日射す机の上に

 やなせたかしの詩の陶板が置かれていた

 「ほほえむことを」の詩と可愛い絵

 兄弟喧嘩ばかりしていた兄の机だった

 兄逝いて十六年

 

・甘噛みの後

 俺のてのひらを舐めている

 俺を拾ってくれた

 猫は

 小さな舌をもつ

 

・触れ合っていても

 触れ合っていることを

 忘れてしまうから

 ときどき動かす

 指と心を

 

・夕焼けの方から

 風が吹いてくる

 飛行機雲が消えてゆく

 夏の尻尾が

 逃げてゆく